インタビュー
交通事故の怪我と痛みを緩和する技術とコミュニケーションとは

職人の世界を数値化することで 整骨院業界を進化させる

埼玉県狭山市/ 狭山東口駅前接骨院

大手企業から柔道整復師へと転身した際に衝撃を受けたという根岸氏。労働条件や雇用環境が整備されていない状態があたりまえだったからだ。患者、柔道整復師、そして地域、三方良しの状態をつくるにはどうすればいいのか。業界の健全化に向けた挑戦を紹介します。

株式会社ヒューマンアジャスト 代表取締役  根岸靖氏

業界を健全化したい

学校を卒業後、根岸氏が就職先に選んだのは、日本最大級のスポーツクラブを運営する企業だった。テニススクールのインストラクターから、営業、人材育成、スクール運営など多彩な経験を重ね、成長実感を得ることができた。楽しいだけではなく、甘えのきかない営業ノルマなど、スポーツが好きという気持ちだけでは通用しない側面もあったが、自分はこの仕事を趣味ではなく、ビジネスとして選んでいるという自覚があったため抵抗は感じなかったし、むしろ仕事に対する意欲や習熟度が数値としてあらわれることにやりがいを感じていた。だからこそ自己実現のプロセスとして能動的に臨むことができ、多くを吸収することができた。

そうした中、ある想いが芽生えた。スポーツの楽しさを多くのひとに伝えたいという気持ちに変わりはなかったが、スポーツを心から楽しんでもらうには身体の状態が影響する、健康をサポートするビジネスを手がけたいという想いだ。

根岸氏
「就職活動のときは若くて身体も動きますから、健康を特別に意識することはなかったんです。でもスポーツの楽しさをビジネスとして提供する中でさまざまな年代の方と接し、健康はあたりまえのものではない、かけがえのないものだと感じるようになりました。そこから健康ビジネスの可能性を追求したいという想いに至ったんです」

根岸氏は、独立開業を視野に入れながら柔道整復師の資格をとることを決意した。しかし、転身した業界のありように衝撃を受けたという。それまで勤めていた企業では、雇用条件や労働環境、キャリアフローが明確で、誰もがあたりまえのように仕組みを享受できた。しかし、職人気質なこの業界では、そうした概念がなかった。そして資格取得に励む仲間の多くが、その現状に疑問を感じていないことに衝撃を受けたのだ。

根岸氏
「わたしは最初から経営者を目指していたので、職人として師匠に弟子入りをしている子たちとは最初から意識が違っていました。彼らは長時間労働も、休みがいっさいないことも、賃金が支払われないことも、当然のことと受け止めていたんです。そういう状況を前にすると、わたしの感覚のほうがズレているのだろうかという不安もよぎりました。業界をよく知らないので、間違っているのは自分ではないかと。伝統工芸のように、職人の世界に身を投じるべきなのかもしれないと葛藤しました。でも、やはり違うと思った。なんの疑問も持たずに修行している子たちの人生はどうなるんだ?絶対に間違っているという思いが募り、自分自身の成功に加え、業界そのものを健全化することが目標のひとつになったんです」

人助けに背中を押された 多店舗展開

根岸氏と共に修行した仲間の多くは、師匠のもとで働く道を選んだ。徒弟制度の厳しい労働環境だったが、ひとの役に立ちたいという強いホスピタリティ精神を持つ彼らには、尊い職場と映っているようだった。一方、根岸氏が就職先に選んだのは、雇用条件や労働環境が整備されている整形外科クリニック。技術を極めてゆくうえで安心して働くことのできる環境は譲れないとの考えで、ハローワーク経由で探した医療法人だった。その判断は正しく、組織人としてキャリアを重ねてきた根岸氏は違和感を覚えることなく、接骨院を開業するという夢に向かって着実に進んでいる実感を得ることができた。そんなある日、思いがけない幸運が舞い込んだ。雇用主であるドクターから、整形外科クリニックとは別に整骨院を開業する構想を打ち明けられ、根岸氏に院長を任せたいというオファーをもらったのだ。

根岸氏
「独立開業する前に実践で学ぶことができる。とてもラッキーな話だったので、迷うことなく承諾しました。未熟でしたが、なにかあればドクターに相談できる安心感がありましたね。一方でわたしも恩返しをしなければと思い、ビジネスパートナーとしてドクターが苦手意識を持っていたビジネス領域全般をサポートするべく尽力しました。経営面や広告、プロモーションといった領域です。このあたりは前職でかなり知見を養っていましたので、クリニックと自分の整骨院と両方を担うことは容易にできました。患者さんを第一に考えながら、地域に根ざした経営で信頼を高めつつ収益化をはかっていったんです」

ドクターとの二人三脚は 2 年にわたった。その後、院長としての自分に及第点を出せる状態に到達したことに加え、任せてもらった整骨院の経営も軌道に乗ったとの判断から根岸氏は独立を決意。整骨院を後任に引き継ぎ、自分の城を構えた。屋号はストレートに「新狭山駅前整骨院」とした。「立地」と「業種」を入れたのは、インターネット検索で上位表示を狙うSEO観点から。集客力を最大化させる Web マーケティングの手法である。同時にそれは 1 店舗だけでは終わらないという意思の表れでもあった。その後に続く店舗の名称に同じ考え方を適用させることで、多店舗展開においても一貫性を出す。先の展開まで見据えた判断だった。

もともと備えていた経営力。そして 2 年で磨きあげた技術力。ふたつの力をバランス良く両輪でまわすことのできた根岸氏の院はすぐに軌道に乗り、順調に患者を増やしていった。しかし、思いがけない展開が待っていた。整形外科クリニックのドクターからの緊急連絡。驚くことに、根岸氏から院を継いだ院長が夜逃げをしたというのだ。もともと柔道整復師の知識や技術がないドクターがパニックになるのも当然で、本業に集中するために整骨院をたたむと言う。根岸氏にとっては手塩にかけて軌道にのせた整骨院。思い入れがあった。そして、それ以上にもったいないと感じた。利益がでる仕組みが整っているものを手放すのは経営判断としてうなずけない。ドクターに率直に伝えると、思いがけない反応が返ってきた。根岸氏に買い取ってほしいというのだ。正直、独立したばかりで余裕はなかった。しかし、いずれ多店舗展開に踏み出すことを考えれば、計画が少し前倒しになるだけだ。なによりお世話になったドクターを助けたい。そう考えた根岸氏はドクターの申し出を受けることにした。

根岸氏
「あのタイミングで 2 店舗の運営はハードでした。でも、わたしがラッキーだったのは、友人に恵まれていたことです。その状態を助けてくれる仲間がすぐに駆けつけてくれたんです。おかげでトラブルもなく安定稼働させられ、その後の多店舗展開に大きな弾みがつきました」

その言葉どおり、翌年から1年ごとの出店を実現した根岸氏。利益が出た分を、次の出店に投資するというサイクルで展開を強めていった。

純真な心に宿る 成長スイッチを刺激する

根岸氏が多店舗展開の先に見据えているのは、自社の利益や成長だけではない。事業を展開するうえで利益の追求は外せないし、業界トップクラスの大手チェーンのように億単位の年商を目指してはいる。しかし、それよりも大きな目標として掲げているのが、この業界に入ったときに感じた業界を健全化するという挑戦だ。ひとの役に立ちたいという純真な心で働く柔道整復師の人生をより良いものにできる業界へと変革したい。ひとりひとりが成長実感を持って仕事に邁進できる状態を築きたい。あのとき芽生えた想いは未だに色あせていないのだ。そのためには自社がお手本とならなければならない。業界に先駆けて8時間労働を遵守し、ボーナスや産休・育休の導入、時短勤務を取り入れていことで、安心して働ける環境づくりに注力している。目先の利益よりも人材への投資を優先する。そのためには緻密な経営計画が必要で、外部の有識者の知見を借りることも厭わない。

そして、もうひとつ大切なことが、スタッフの成長スイッチを刺激すること。夢を描くサポートをし、そこに向けたキャリアフローを明確に定めることも経営者の責任だと考えている。

根岸氏
「この業界を目指すひとは、基本的に純真なんです。自分の利益を追求するという発想がないひとが多い。でも、それはプロではないし、患者さんに対して誠実ともいえません。なぜなら、わたしたちがビジネスを維持することができなければ、患者さんのケアを継続することができませんよね。わたしたちが提供しているのは趣味ではなく仕事であり、社会的な責任を伴うもの。だからこそみんなには、わたしの弟子という意識ではなく、社会を構成する会社組織の一員であり、将来的には自分が一国一城の主人として患者さんの治療にあたる覚悟を持ってほしいと伝えています。そう、開業ですね。この会社を卒業するときは、自分の城を構えたとき。それが理想だと伝えています」

根岸氏のもとには、大学で学んだ子が一般企業の認識で就職してくれるケースも増えてきた。そうした中、彼らに寄り添うだけでなく、彼らの親御さんの気持ちにも寄り添いたいという気持ちが強くなった。我が子に、大学の学びを活かしながら、社会人として幸せになってほしいという親御さんの期待を受け止める会社になるべく尽力しているのだ。そんな根岸氏は自社の社会的価値を「柔道整復師業界の働き方を改革する会社」と言語化し、挑戦の手を緩めない。前職で培った知見だけでは足りないとの考えで、自らも学び続けている。セミナーや講演に積極的に足を運び、弁護士やコンサルタントといった異業種の専門家の知見を実践している。同じ業界に身を置くひとの教えは、あえて遠ざけている。見ている景色が同じだと、自分と違う発想はでてこないと思うからだ。

職人の世界を数値化する

根岸氏は、業界の健全な成長を牽引するために、職人の世界を数値化する試みを重ねている。数値化されていない現状は、指標がないも同じ。職人気質といえば聞こえがいいが、客観的にはかりづらい属人的な経営がまかり通ってしまうのは問題だ。実際、プロとは呼べないレベルの接骨院もある。一見で訪れた患者には、その接骨院がたまたまプロと呼べないのか、それとも業界そのものの特性なのか違いがわからない。結果、「接骨院はうさんくさい」「接骨院を利用しても体調は良くならない」といったイメージがついてしまう可能性があり、業界そのものを先細りにしてしまう。それは国から見ても同じことがいえる。国民健康保険の医療費を適正化する流れがあるが、業界全体に明確な指標がなければ、国の判断もおよばない。これまで適用されていた治療が対象外となれば患者にとってダメージであり、整骨院にとっても致命傷となるのはいうまでもない。

根岸氏
「もちろん、職人の技は評価されるべきです。ただ、属人的に閉じた世界にするのではなく、数値など指標を置くことに、もっと意識を向けるべきだと考えています。その一環として、わたしたちの会社では人材育成にも段階を儲け、ここまで到達したら次の段階といった指標を置いています。」

業界の手本となる会社をつくることに尽力する一方で、根岸氏は自分が得た知見をほかの接骨院にシェアすることにも意欲的だ。業界を底上げするには一人の力では限界があるとの考えで、講演やセミナーなどを通じて継承しているのだ。その際に留意する点は、院長に経営者としての自覚を持ってもらうこと。職人の技は高く評価されるべきだが、自分の技を社会に還元する技術も同時に磨いてほしい。そのためには値づけができ、営業でき、利益を出すこと。資本主義社会の中で健全な成長を遂げる接骨院が増えることが業界の健全化につながり、結果、患者も、柔道整復師も、整骨院をとりまく地域も三方良しのサイクルがうまれる。そう信じて、限られた時間の中、同じ志を持つ経営者を増やしていく。未来を見据える根岸氏の目には、健康でありたいと願うひとびとの希望となりうる、この業界のあるべき姿が描かれているのだ。